江戸・東京 見どころMAP

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風月堂の発祥の地、京橋界隈を歩く

通好み江戸散策、初回は風月堂発祥の地となった「京橋」の跡を拠点に歩いてみましょう。
ここはもともと京橋川という川が流れていたのですが、今は埋め立てられ、1875年に作られた橋の欄干だけが残っています。
由緒正しい橋のみにつけることが許されたという「擬宝珠」を見ることができます。

さてこの京橋、日本橋から東海道を出発して最初に渡る橋でもありました。
この欄干を背にして左右を見てみると町の風情が全く違うことに気づかされます。

「京橋」の擬宝珠がある欄干。

「京橋」の擬宝珠がある欄干。

まずは銀座側を見ると店の看板が目立ちます。下の写真にある中央通りをまっすぐに進むと銀座4丁目の交差点にぶつかります。
そして京橋の反対側、日本橋側はというと、建物がぐっとシックになり、道の雰囲気もオフィス街らしい容貌に変わります。
たった橋ひとつをはさんだだけでこんな風に景色が変わるのも面白いですね。
そして風月堂が生まれたのは、写真のちょうど赤いクレーン車が見えるあたりです。

こちらが銀座側。

こちらが銀座側。

日本橋側。クレーン車のあたりが風月堂発祥の地。

日本橋側。クレーン車のあたりが風月堂発祥の地。

実は京橋は銀座、日本橋、八丁堀、八重洲と隣接したエリアで、東京駅をはさんで皇居(江戸城)も間近。
江戸の当時から武士も町人も行き交うという賑やかな場所でした。
風月堂の初代喜右衛門は、様々な文化の中心地という立地を吟味して、きっとこの場所を選んだのでしょう。

江戸歌舞伎発祥の地の石碑。

江戸歌舞伎発祥の地の石碑。

擬宝珠が残されてる反対側の京橋のたもとには江戸歌舞伎発祥の地の石碑があり、「寛永元年二月十五日元祖猿若中村勘三郎中橋南地と言える此地に猿若中村座の芝居櫓を上ぐ。これ江戸歌舞伎の濫觴也 茲に史跡を按し斯石を鎮め國劇歌舞伎発祥の地として永く記念す 昭和三十二年七月江戸歌舞伎旧史保存会」 という碑文が残されています。
江戸歌舞伎は、寛永元年(1624)中村座の猿若勘三郎が中橋(日本橋と京橋の中間)で櫓をあげことに始まります。

ではこの発祥の地、京橋から歌舞伎座まで10分ほどの道のりを歩いてみましょう。
実は京橋から歌舞伎座にかけては、住所は銀座でありながらも古くからの町名「木挽町(こびきちょう)」で通る、東京らしい情緒ある街並みが残っています。

このお蕎麦屋さんのように「木挽町」の名前を残したお店や看板がそこかしこに見られます。

このお蕎麦屋さんのように「木挽町」の名前を残したお店や看板がそこかしこに見られます。ここでは銀座の柳も健在。涼しげな風情を出しています。

こんな木造建築の古い家も残っています。古き良き東京の面影が残る一角です。

こんな木造建築の古い家も残っています。古き良き東京の面影が残る一角です。

古い建物をそのまま活かしたお店。窓のデザインがきれいです。

古い建物をそのまま活かしたお店。窓のデザインがきれいです。

植木と格子戸。この路地を抜けてみたくなります。

植木と格子戸。この路地を抜けてみたくなります。

歌舞伎座近くになると、こうして粋な和服姿の役者さんの姿も。

歌舞伎座近くになると、こうして粋な和服姿の役者さんの姿も。

2013年にこけら落としが行われた新生歌舞伎座。

2013年にこけら落としが行われた新生歌舞伎座。

いかがでしたか?粋な大人の街、京橋界隈。
菓子の包を携えて歌舞伎座の方へ歩いていく喜右衛門の姿が見えてくるような気がしませんか?

最寄駅: 東京メトロ銀座線「京橋」駅、「宝町」駅
都営地下鉄浅草線「東銀座」駅