ほーりーが行く!暖簾越し お江戸の風景

ほーりーが行く!暖簾越し お江戸の風景

歴史に詳しいお江戸ルとして活躍中のほーりーこと、堀口茉純さんが、江戸から続く風月堂の時代にタイムスリップ。当時世の中ではどのようなことが起きていたのでしょうか?

第参回・風月堂界隈の人びと 其の①

 2代目・大住喜右衛門の活躍によって、江戸の菓子業界に大きな存在感を示すようになった風月堂。江戸時代後期に出版されたショッピングガイドブック『江戸買物独案内』にも“御菓子調進所”(注文に応じて品物を提供する菓子店)として紹介されています。
風月堂界隈の人びと

 3代目の代になっても商売は順風満帆でしたが、時代はいよいよ幕末の混迷期に突入し、徐々に歴史の歯車に巻き込まれて行きます。財政破たんをきたしていた幕府は倹約令をだし、武家の奢侈を禁止したのです。武家からの注文によって商売が成り立つ風月堂のような高級菓子商にとっては大打撃!このため3代目は「御菓子御定め値段より3分ずつの値引き」を申し出るなど、様々な努力をして店を守りました。

 しかし受難はそれだけではありません。天災や火事、疫病といった不幸が次々と江戸の町を襲います。特に安政2年10月2日、夜四ツ時(1855年11月11日21時30分ごろ)に発生したM7とも言われる直下型地震は壊滅的被害をもたらしました。風月堂があった南伝馬町は地盤が固く、家屋倒壊の被害こそ少なかったものの、地震後に発生した火災被害が甚大だったと言います。同町内にあった観光名所で、大店の蔵が四棟集まった四方蔵も、この時被災し灰燼に帰しました。
 南伝馬町の隣、大鋸町に住んでいた浮世絵師の歌川広重は地元の被災に心を痛めました。震災から2年後に四方蔵が見事に復興するとそれを祝うように『名所江戸百景 市中繫栄七夕祭』に描いています。日本橋の大店のシンボルともいうべき四方蔵の復活は、真近で営業する風月堂にとっても追い風となったことでしょうね。
激動の時代をたくましく生きぬいた3代目、喜右衛門は、新しい時代の足跡を聞きながら明治元年(1860)にその生涯を閉じました。幕末・維新を乗り越え、風月堂の暖簾は今も力強くはためいています。

本文、イラスト: 堀口茉純 東京都足立区生まれ。幼少期より時代劇に親しむ。小学4年生の時、司馬遼太郎の本に出会い、沖田総司に初恋。中・高生の頃の成績は歴史のみ5。明治大学在学中に文学座付属演劇研究所で演技の勉強を始め、卒業後、女優として舞台やテレビドラマに多数出演。
一方2008年に江戸文化歴史検定一級を最年少で取得すると、「江戸に詳しすぎるタレント=お江戸ル(お江戸のアイドル)」として注目を集め、執筆、イベント、公演活動にも精力的に取り組む。また、facebook内最大のお江戸コミュニティ『お江戸、いいね!』でナビゲ―ターを務め、江戸⇔東京の魅力を発信し続けている。

【著 書】
『TOKUGAWA15~徳川将軍15人の歴史がDEEPにわかる本~』(草思社)
『UKIYOE17~江戸っ子を熱狂させたスター絵師たち~』(中経出版)
『EDO100;フカヨミ!広重『名所江戸百景』(小学館)
『SHINSENGUMI GRAFFITI 1834-1686~幕末を駆け抜けた近藤勇と仲間たち~』
『江戸はスゴイ~世界一幸せな人びとの浮世ぐらし~』PHP新書

【レギュラー】
NHKラジオ第一『DJ日本史』MC
TOKYO MX 『お江戸に恋して』
連載・・・サライ.jp (小学館) など多数